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ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) 著者:J.D.サリンジャー 出版社:白水社 価格:924円 順位:254位 |
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なぜか新書版のベストに。かなり古い作品なのに フィールドオブドリームの時にシューレスジョーと並んで読んだ本。非常に不思議な本でしたが、やはり青春の本であり、中高生くらいに読むのがよいのでしょう。確かに当時は村上春樹(ノルウェイの森)と村上龍(愛と…のファシズム)が流行っている時代であり、なんとなく共通性は持っていませんでしたが、気持ちもフィールドオブドリームスの映画のアイテムの1つとして読んだため、さほど感動はしませんでした。青春小説かなという感じです。禁書となったとされた本書の取り扱いに対し、PTAのおばさんに対し、「スターリン…」と叫んでいた奥さんの意味、わかったような気がしました。今ではさほど衝撃的ではないですが、時代性を感じます。 |
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今だからこそ サリンジャーが亡くなった。この一作で世界の寵児になり、その後長い長い隠遁生活を送っていた。世界的有名な殺人犯がこの作品を持っていた事や、サリンジャーの特異な生活に興味を持って主人公と同じ世代の頃、タイトルにも魅かれてこの本を手にとった。 しかしそのときの印象は最悪で、こんなわがままな男の物語のどこが面白いのだろうか?人生の落伍者だと感じた。 しかし今読むと、自分なりに何かをやろうとすればするほど空回りしてしまう、それでも一人前になりたくって一生懸命もがく彼の姿をよく理解できる。 彼の苛立ち、そして寂しさ、悲しさ、やりきれなさ、それらをすべて洗い流すかのようなラストシーンの回転木馬、時間が止まった情景が目の前に浮かんできた。 そして今ははっきりわかる彼は落伍者ではないという事を。 長年たって、好きになることが出来た小説。 私自身も成長したという事だろうか? |
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16歳の少年が、大人世界の偽善を直感で見抜く レビューを書こうと思ったら、すでに235ものレビューがあって、一瞬ひるんだ。 しかし、俺には俺の見方がある。 著者のJ.D.サリンジャーは今年、2010.1.27に亡くなった。これを機会に新聞のコラムやエッセー欄にサリンジャー賛辞の記事が沢山出た。青春小説の傑作だそうで、落合恵子とか、若者に説教したがり屋が特に褒めちぎっていた。そこで俺も読んでみようと思った。断っておくが、俺は75歳のじじいだ。翻訳は野崎孝のものが名訳ということになってるらしい。 読み始めて、まず感じたのは外国映画の日本語吹き替えのあの妙なイントネーションだ。この妙なイントネーションは芸人の友近が「ディラン&キャサリン」というペアで売り出していて、俺は感心していた。この二人はまさに日本語吹き替え映画のせりふのいやらしさを見事にあらわしている。この日本語吹き替え洋画的文章もしばらく読んでいくうちに気にならなくなってきた。彼のいんちきを見抜く直観力とその表現に思わずなんども噴出した。こんなことは俺には滅多にないことだよ。 さて、本題だが16歳の少年が、余りのはみ出しぶりに名門高校を退学になり、家に帰るまでの数日間、大人の真似をして、酒を飲んだり、娼婦を買おうとしたり、先生の家に遊びにいったりしながら、ぼろぼろになって、家にたどり着くまでの間に、色々考えたり、人物についてこき下ろしたりしながら、彼の考えを述べる。これがまさに的を射ているんだな。彼は、別に論理的とか倫理的とかに考えて、人物に対する判断をおろしているわけではないが、まさに直感的に、こいつは胡散臭い奴だとか、偽善者だとかわかるんだ。でも、自分の亡くなった弟や,幼い妹は深く愛していて、心を打たれる。おれ自身も青春時代とはいわず、40・50・60になっても(俺は会社員だった)上役・同役・下役のインチキ性を身をもって感じていたから、主人公の直感がよくわかるんだ。 柄にもなく、野崎さんの翻訳口調をちょいと真似したが、彼の翻訳の足元にも及ばないことはよく承知している。 |
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ふたりのホールデン ホールデンは、自分以外の他者を理解出来ない、未熟で短絡的な人々だと考えている。 そして、そういった他者に溶け込みたくないと思いながらも、溶け込んでいない自分も未熟だということを心の奥底では解っている。 その“はざま”でホールデンが何を考え、感じ、話したかがこの本の魅力なんだと思う。 そしてそういった未熟さに思いを巡らせる人の多くは、ティーンに近い世代だからこの本は青春小説というフレーズで度々紹介されている。 野崎氏の訳も読みましたが、野崎氏のホールデンはもっと内的で、でもとても純粋不器用な、ごくごく普通の少年が一生懸命に言葉を紡いでいたように感じたから私は感動しました。 春樹氏のホールデンは、他人とは違う自分として躍起になって言葉を取り繕っている少年に思える。 そういった言葉の使い方は、少し擦れていて、飾り過ぎているかな?と思えました。 だから共感に達しないというか、物足りなく感じてしまっていました。 ホールデンの不器用さを違った形で表現しようとしたのなら、春樹氏の訳は頭から否定出来たものじゃないと思います。 テクストに正解はなく、翻訳に正解はなければ良し悪しで評価を下せるものではない。 どちらが好きか嫌いか、それは読んだ方が決めることです。 私は野崎氏の素直で不器用なホールデンが好きなのでこの評価です。 |
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韻を踏んだタイトルが全てを語る名作 この小説の時代1950年代はロボトミーや電気ショックが普通であった精神病院で幕開けします。 精神を病んでいるとされた少年の独白です。 あのスコットランド民謡「誰かさんと誰かさんが麦畑・・」とボクサーを頭の中でがんがん回しながら、宮沢賢治が好んで描いた野原を子供たちが走り回る。 そこは子供たちの背丈を遙かに超えるライ麦畑(Rye-Lie)です。 実は読むまでは民謡の通り、麦畑に隠れた男女の秘め事がストーリーかと思っていました。 ところが読んでみると高校中退、精神病院入院、女性との正常な?関係を持てずじまいと言った友人たちに囲まれた私には、とても痛い内容でした。 少し残念なことは主人公が所謂頭のいい子であることです。 唯一コミュニケーションが成立した妹のストレートな行動が、主人公を救い、読者も救ってくれます。 しかし、閉幕も精神病院です。 正常と異常、病人と健常者。 ドロップアウトしちゃったかなと思う人にお勧めです。 塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。………… |
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